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パリの香りをどうぞ
 菅佳夫のフランス通信
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8月は如何お過ごしですか。
フランス通信142号をお届けしますので よろしく お願い致します。
お元気に夏を過ごされ、豊かな秋をお迎えください。
菅 佳夫
フランス通信(142)          Paris,le 07 AOUT 2017
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*8月に ( AU MOIS D’AOUT ) : 陽光強く、日陰はヒンヤリ、程よい風が吹いて「いつもこんな天気なら夏も好いネ。」「でも夏としては一寸淋しいヨ。」などと勝手な事を云ってましたが、南仏プロヴァンス、コート・ダジュール地方ではミストラル(le mistral)という烈風に煽られて山火事が続いた上に、サハラ砂漠の熱気に襲われて酷暑(la canicule, les fortes chaleurs)となり、ニーム等各所で日中の気温が42℃にも達しました。そちらにお住いの方々にはお見舞いを申し上げます。8月は花が無く、葉ばかりが繁るので“葉月”(はづき)と云うのかしら、と思いながら少し町を外れてみますと、黄色一色のヒマワリ(le tournesol)の畑、土手にはエニシダ(le genêt)、道路際や森には赤紫のヒース(la bruyère)、野原にキリン草、土塀に凌霄花(le jasmin trompette chinois)、、、色々と咲いています。木々の葉も、並木のマロニエのように早くも葉の色を変え始めたものがあるので“木染月”(こぞめづき)、枯れ始めた葉を通る風がカサカサと乾いた音をさせるから“秋風月”(あきかぜづき)、、、相変わらず自分勝手な解釈を楽しんでいます。8月の今は夏休みの真っ最中、商店街を歩いても閉まっている店が多く、朝市を覗いても出店は少なく、静かなものです。駅頭で無料配布の新聞も休刊中、いつも利用している電車も夏のダイヤで、普段の12分間隔から21分に1本、3分おきのパリのメトロも5分から6分おき、、、で

車内も空いています。混み合っている時は観光客の聞き慣れない言葉が楽し気に響き、ああ今はヴァカンス中なんだと感じます。この時期は労働組合も休暇中でストやデモも無く、電車が普通に運行されので助かります、と云いたいのですが、最近は夏休みで空いた時期を利用して大規模な工事をやる様になり、その間は1ヶ月も電車が運休します。

*フランス国鉄の夏期工事( LES TRAVAUX D’ ETE DE LA SNCF ) : 夏休みを利用した工事は、(例1):パリの地下を東西に横断するRER A線は827日迄、軌道入れ替え工事の為ラ・デファンスとナシオン間が完全運休、シャルル・ドゴール・エトワール、オベール、シャトレ・レアール、パリ・リヨンの各駅は閉鎖。(例2):パリ市内をセーヌ河沿いに横断するRER C線は826日迄、同じく軌道工事の為、オステルリッツとジャヴェル、オステルリッツとアヴェニュー・アンリ・マルタン間が運休、、、。サン・ミシェル・ノートルダム、オルセー美術館、アンヴァリッド等々の各駅は閉鎖,、、、、安全の為には止むを得ないことなのでしょう。しかし工事ばかりでなく730日、7月に休暇を取った人達(les juillettistes)が帰り、8月に休暇を取る人達(les aoûtiens)が出掛ける交代時期(les chassés croisés)の最も混み合う週末にも拘わらず、パリとボルドー方面を結ぶTGVの発着駅モンパルナスで信号機と転轍機の原因不明の故障で始発から全便運休、しかも暫くは何の掲示も案内も無く、一部の発着をオステルリッツ駅に移す処置がとられたものの、3日経っても完全に復旧せず、混乱が続き、重要問題として国会が取り上げ、国鉄に詳細レポートの提出を求めました。その他、郊外線RER D線では線路内を逃げた泥棒を撥ね、P線はフェルテ・ミヨン付近でイノシシを轢き、N線ではペレ・アン・イヴリーヌで何処から逃げて来たのかカンガルーと衝突、A線のアシェールでは雄羊、、、、、日本など各国を例に国鉄の民営化が叫ばれていますが、国民の足は民営化でどこまで解決出来るでしょうか。新規高速鉄道の開発に忙しそうなフランス国鉄、、、、、81日運賃が値上がりしました。

 

*スペクタクル「ヴァン・ゴッホのイマジン」( Spectacle « IMAGINE VAN GOGH » ) : 奇岩で知られるプロヴァンス地方の景勝地レ・ボー(Les Baux-de-Provence)にある採石場の広大な空間を利用して“イメージ大聖堂”(LA  CATHEDRALE D’ IMAGES)と名付け、2001年以来数々のスペクタクルを催してきたアナベル・モージェとジュリアン・バロンが、2006年にはプロヴァンスの画家セザンヌの没後100年を記念して“セザンヌ・カラー”(Couleurs Cézanne)と題した光と音の大スペクタクルを開催して大好評を博し、その時の技術と経験を生かして、今回はパリのヴィレット・パークの大ホールを会場に、ヴァン・ゴッホがプロヴァンスからオヴェール・シュル・オワーズの最期に至るまでに描いた作品から「アルルのゴッホの部屋」、「サン・レミィの星月夜」、「ヒマワリ」、「アイリス」等々よく知られた傑作の数々200点を選び、2000m2の会場の壁面、天井から床に至るまで四方をスクリーンで張って、プロジェクションによる光と色の映像、オーディオによるモーツアルト、バッハやサン・サーンスの格調高いハーモニーで大きく見せてくれますので、まるで自分自身が絵画の中に浮き上がる様な錯覚すら覚え、感動的です。

« Annabelle Mauger & Julien Baron : Imagine Van Gogh »Grande Halle de la Villetteにて2017910日迄、毎日10-19時(土曜日22時迄)(Parc de la Villette, 211, Avenue Jean-Jaurès, 75019 Paris) メトロPorte de Pantin下車、入場料14,90€です。

 

*野外シネマ ( LE CINEMA EN PLEIN AIR ) : 恒例となった夏の夜の野外シネマは今年27年目を迎えました。お馴染みのヴィレット公園の草原に、縦18m50,32mの大スクリーンを設け、ピクニックも自由に映画を鑑賞しようと云うものです。今年のテーマは « A table ! »で、訳せば「ご飯ですよー」ですが、食べ物を扱ったり、或いは食事時の皆が揃って和やかな雰囲気(la convivialité)の映画を特集しています。例えば810日は伊丹十三の「タンポポ」、19日にはディズニーのアニメ「ラタトゥイユ」といった具合です。入場無料、デッキチェアー賃貸料7€、

820日迄毎週木、金、土、日、上映2145開始、雨天問い合わせは当日20時以降01-4003-7692

Prairie du Triangleにて (Parc de la Villette,211,Avenue Corentin-Cariou,75019 Paris)

 

プログラム等詳細は https://lavillette.com/evenement/cinema-en-plein-air-2017 

*牛乳と乳製品 ( LE LAIT et LES PRODUITS LAITIERS ) : フランスでは1年に240L

(リットル)の牛乳を産出、ドイツの310Lに次ぎ欧州2位を誇ります。1人当りの年間の消費量は、牛乳38,5L、ヨーグルト26,6kg、チーズ11,8kg、生クリーム3,6kg、バター2,5kgとなっています。料理にも沢山のバターやクリームを使い、だから美味しいのだ、とも云えるでしょう。

 

201787日「立秋」:Saint Gaétan、 暦の上ではこの日から“秋”です。「あき」は“空が明らか”、“収穫が飽く”、“草木の葉が紅くなる”等の意と音と聞きました。今日の日の出は0632分・日の入2119分ですが、621日「夏至」、日の出0543・日の入2158と比べて、どんどんと日が短くなってきたのを感じます。「星月夜 北斗七星見つけたり」(寛)

(添付写真)エギスハイムで見た凌霄花(のうぜんのはな)= 樹木や塀に蔓を絡ませ、高々とオレンジ色でやや肉厚の花を咲かせているのを見掛けます。霄(そら)を凌(しのぐ)ほど高く咲くのでこの名があるそうです。花の命は短くて次々に散りますが、地面に散り敷く様も又存在感があります。別名“ノウゼンカズラ”だそうです。学びました。 皆様どうぞお元気で、菅

フランス通信(141)          Paris,le 23 JUIL.2017
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*7月に ( AU MOIS DE JUILLET )7月に入って、さすがに夏らしく、朝夕は14℃から18℃位、日中は概ね晴れて陽射しも強く、30℃を超える日も少なくありません。しかし、どんなに暑い日でも日陰は涼しくて助かります。周囲を見回しますと、どの家も雨戸を閉めて日光を避け、静かに過ごしている様子です。時には突然に火柱の様な稲妻に雷が怒ったように暴れ回り、強い大粒の雨に道路が冠水、メトロの駅にも流れ込んで、一瞬にして何日分もの量が降ったこともありましたが、地方によっては雨が無く渇水、作物が育たず、山火事で苦労が続いています。保健衛生局(SERVICE DE SANTE PUBLIQUE)は「酷暑、猛暑(Canicule, Fortes chaleurs)対策:「水をよく飲みましょう(Boire régulièrement de l’eau)」、「気分が悪くなったら15番に電話して下さい(En cas de malaise,appeler le 15)」、、、といったポスターを各所に貼り、ビラを配って注意喚起に忙しそうです。

 

*“パリのアメリカ人”( UN AMERICAIN A PARIS ) : 714日「パリ祭」、マクロン大統領の初の公式行事、今年は1917年にアメリカの軍隊が初めてサン・ナゼールに上陸、第一次世界大戦に参戦してから丁度100年の記念すべき年に当たり、アメリカ大統領夫妻をゲストに迎えて、アメリカの軍隊も行進、アメリカ空軍の戦闘機も飛び、当時の戦車や軍用車もノロノロと参加、、、凱旋門からコンコルド広場までのシャンゼリゼ大通りでの賑やかなパレード(le défilé du 14 juillet)はいつになく見ものでした。これに先立ち、前日オルリー空港に専用機“エアーフォース・ワン”で着いたトランプ大統領夫妻は、出迎えたマクロン大統領夫妻の案内でアンヴァリッド(les Invalides)のナポレオン廟に詣で、夫人はその後,子供専門のネッケル病院(Hôpital Necker)を訪れ、入院中の子供達や看護婦達に親しくフランス語で話しかけ、その足でノートル・ダム大聖堂へ、そして夫人同士でフランス海軍の小型船でセーヌ河遊覧をする、など多忙な様子でした。日暮れ時にはエッフェル塔にあるアラン・デュカス(Alain Ducasse)のレストラン“ジュール・ヴェルヌ(Jules Verne)”でマクロン大統領夫妻とトランプ大統領夫妻が親しい友人同士のような夕食(un dîner d’ amis)を摂りました。各所に厳しい警備態勢が布かれたことは云うまでもありません。

 

*デビット・ホックニー回顧展“ポンピドー・センターで80才を祝う”( « RETROSPECTIVE »

DAVID HOCKNEY FETE SES 80 ANS AU CENTRE POMPIDOU ) : 杖を手に、白い鳥打帽、赤いネクタイ、両耳に補聴器、、、、この英国紳士デビット・ホックニーが79日に80才の誕生日を迎えたのを機に、パリのポンピドー・センターは、現存する英国で最もポピュラーな画家として160点の作品を展示して祝い、嘗てないパノラミックな回顧展を開催しています。小学生の頃にフラ・アンジェリコの“受胎告知”の画に心を打たれて模写、11才でブラッドフォード市のポスターを手掛け、16才で同市の美術学校に入学して指導を受け、1954年に描いた自画像が好評となり、翌年に描いた「父の肖像」は初めて10ポンドで売れて、その名が知られるところとなりました。ロンドンの王立芸術学院で学業を続けたホックニーはフランシス・ベーコンやピカソのキュービスムの影響を受けながら、アメリカに移り住み、1967年にはイコンとなった「大きな水しぶき(A Bigger Splash)」を始めとした一連の“プールのシリーズ”(Swimming Pools)を出して名を高めました。今回の回顧展は最新作、今年2017年の作品、手法はマチスかヴァン・ゴッホか、2014年迄住んだロスアンジェルスの自宅を描いた「インテリア―、ブルーのテラスとガーデン(Interior with Blue Terrace and Garden)」で締めくくっています。20171023日迄パリのポンピドー・センターにて開催、火曜日を除く毎日11時―21時、入場料14€ です。

 

*“ある友情旅行”( UN VOYAGE AMICAL ) : 学校時代の友人達12名がやって来ました。パリには既に何度か来たことがあるようなので、長らく私が住んでいるパリから約15q南の郊外ソー(Sceaux)のプチ・ホテルを旅のベースに決めました。パリから電車で20分程の所です。ソーには城と広大な庭園があり、今では“お花見”で知られています。その昔ヴェルサイユ宮殿を造ったと同じ建築家のル・ヴォーと庭師のル・ノートルが財務官のコルベールの依頼で造ったもので、“太陽王”ルイ14世もマントノン夫人と滞在したことでも知られています。朝の散歩にも最適、商店街は落ち着いて、日々の生活を知るにも適しています。ホテルでの朝食は頼まず、近くのパン屋で好みの、そして焼き立てのパンを買い、コーヒーを頼んでテラスで食べる様に勧めました。さて、混雑するドゴール空港に着いた一行を、その晩は友人Gのワイン・バーへ案内、“乾杯”。翌1日目は、ソーの街を商店街から緑の遊歩道、キューリー夫人が住んでいた家、、、と案内。昼食はソーのレストランで、、、午後はパリ国際大学都市へ行って日本館(薩摩館)を表敬訪問、ル・コルビュジエのスイス館、ブラジル館などを見てから、パリの主な名所をバスの車窓から眺め、20区の友人F宅で手料理の夕食、、、パリでの実生活の様子を探りました。帰りはメトロと電車(RER B線)でソーのホテルへ、、こちらに住んだ気持ちになって電車を利用してもらいました。2日目はミリー・ラ・フォレでコクトーの薬草チャペルを訪れ、バルビゾンを散歩、フォンテーヌブロー城を巡り、パリ13区の中華街で夕食。3日目はパリ東駅からTGV に乗って1時間45分(早くなりました)でストラスブールへ、、、友人Kが出迎えて案内に立ち、旧市街を散策、市内の友人K宅で夕食、、、アルザス・ワインと沢山のご馳走に満足。4日目もその友人Kの案内が続き、バスで“ワイン街道”を走り、緑一色のブドウ畑の景色を楽しみました。途中ワイナリーを見学、、、、遠くの塔に巣を掛けたコウノトリが見えました。アルザスらしいリックヴィールの街、フランス人が最も好む街エギスハイム、、、次々に訪れました。あちらこちらにコウノトリが飛んで、、、その頃には誰も歓声をあげる人はいなくなりました。5日目はコルマール市内“ウンターリンデン美術館”そして自由の女神の生みの親バルトルディの美術館を見学、ローカル線でストラスブールに出てTGVでパリへ帰りました。6日目はヴァン・ゴッホ終焉の地オーヴェールを訪れ、下宿先のオーベルジュのゴッホが最後を過ごした部屋を訪れ、題材となった近くの市役所、教会、麦畑と歩き、弟のテオと眠る墓所に詣でました。帰路は美しいシャンティイ城に廻って散策、夕食はムール貝料理としました。7日目、ボース平野を横切ってシャルトルの大聖堂に詣で、マントノン夫人の城を訪れ、シャンゼリゼ裏の友人Uの店で手打ちうどんの夕食に、お腹の調整をしました。8日目は朝早くホテルを出発、バスで一路南下して、パリから約310qのボーヌからサヴィニ・レ・ボーヌの友人Cのワイナリーを訪問。ブドウ畑を見学、ワインが出来るまでの過程の説明、苦労話の数々、そしてヴィンテージもの1988年、1996年と2本、しかも大きなマグナム瓶、、、感動に酔いました。9日目は最終日なので自由時間としましたが、昼食はチーズの“ラクレット”を楽しみ、夕食は友人S宅でピアノとバイオリンのミニ・コンサート付き夕食会、最後には肩組み合って校歌斉唱、、、素晴らしい打ち上げ会となりました。翌日は帰国、、、空港の異常な混雑の中でチェック・イン、セキュリティ・チェック、、、、日本へ帰って行きました。日本から“無事帰着”の報を受けて“友情旅行”は目出度く終了しました。心を込めて前向きに参加・協力して下さった皆さんの友情に感動し、深く感謝いたします。ありがとうございました。

 

2017723Sainte Brigitte – 日の出0612・日の入2140、パリ朝夕14/日中23℃曇天、

ニース22/31℃晴天、ストラスブール17/25℃曇天、「駅頭のごった返せる雷雨かな」(滋)お元気で、菅

フランス通信(140)          Paris,le 12 JUIN 2017
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*青葉 ( LA VERDURE ) : 6月は何んと云っても青葉の綺麗な時です。緑の草原や木々を渡る風は心地よく、風も青く染まったように爽やかに感じます。これを“青嵐”と呼ぶのだそうです。嵐と云ってもやや強い風で、地味な菩提樹(le tilleul)の花が、そこはかとない香りを漂わせるような穏やかな風を“薫風”と呼ぶことも知りました。夏を思わせる暑い日が続いたり、突然の雷雨に驚いたり、天気は落ち着きませんが、朝市を覗きますと、南仏プロヴァンスの苺“ガリゲット”(la gariguette)、真っ赤な桜ん坊“ビガロー”(la bigarreau) 、ルシヨン地方の杏子(l’abricot)、黄桃(la pêche jaune)などが色鮮やかに山と並べられ、すぐそこに夏が見えてきたように思えます。621日は「夏至」(l’Eté)、短い夜を音楽で過ごそうと、素人もプロも、ジャズもロックもクラシックも、ホールばかりか街角までも賑やかに、各地各所で音楽祭が開催されます。

 

*新たな音楽の殿堂“ラ・セーヌ・ミュ−ジカル”( LE NOUVEAU TEMPLE DE LA MUSIQUE « LA SEINE MUSICALE » ) : パリの西側の郊外ブローニュ・ビヤンクールを囲むように流れるセーヌ河の中州“セガン島”(Ile Seguin)は、1919年に自動車のルノーが買収、1929年に自動車製造工場が開設され、日に2000台を生産するまでになりましたが、業績悪化を理由に19923月末日を以って操業を停止、以来今日まで25年もの間、空き地同然となっていました。その間1999年にはルノー社の美術館の建設案も出て、安藤忠雄による設計案が発表されたりしましたが、実現せぬままになっていました。その後各方面の協力を得て、今度は 

建築家の坂(ばん)茂(*)とフランスのジャン・ド・ガスティーヌ両氏の設計、音響設備は他ならぬ永田音響設計になる新たな音楽の殿堂が誕生しました。河岸から眺めますと、セーヌ河にやって来た大型豪華客船の様に見える此処には6000人が入れるコンサート・ホール“ラ・グランド・セーヌ(la Grande Seine)”、1150人を収容できるホール(l’auditorium)を始め、5ヶ所のスタジオや、コーラスやオーケストラの練習所等々を備え、7400m2の屋上庭園も楽しめるようになっています。www.laseinemusicale.com

 

(*)坂(ばん)茂:建築家、2014年プリツカ―賞受賞、フランスではこの他にパリから北東へ約350kmの町メス(Metz)にポンピドー・センターのアネックスを手掛け、2010年に完成、TGV列車の駅に近く、繁華街とは反対側の広場に建てられた白い膜に覆われた様な屋根に三色旗が翻る特徴ある建物は、どことなく日本のお寺の伽藍の雰囲気が感じられます。しかし何といっても有名なのは、「紙の建築」と云う災害救援活動で、紙の持つ意外な強度と加工のしやすさに着目、ボール紙を利用した難民の為のシェルターを開発、ニュージーランドの地震で損壊したクライストチャーチの大聖堂に代わるボール紙製パイプを組み合わせた仮設大聖堂を建て、阪神大震災の際も、神戸市内に「紙のログハウス」を作り、倒壊した教会を同様に仮設したことでも知られています。しかもこの神戸の仮設教会は、その10年後に台湾大地震の被災地に送られて今も現役とか、、、。今後益々の活躍が期待されます。

 

*ポン・デ・ザール(芸術橋)の「愛の鍵」(LES CADENAS D’AMOUR DU PONT DES ARTS) 

1804年にセーヌ河に架けられたルーヴル宮とフランス・アカデミーを繋ぐ歩行者専用の鉄骨に歩く部分を木で張った橋“ポン・デ・ザール”、その欄干のグリルに誰が始めたのか、2008年頃から恋人達が“愛の証”としてかけた大量のカドナ(南京錠)、そのうちに名所となったこの橋ばかりか、グリルのある橋は何処も鍵で溢れました。その数は莫大なものとなり、パリ市の調べでは推定で80万個、その重さ約50トン、、、、2014年の夏にはついに重さに耐えかねた鉄格子の一つが崩れ落ちた為、危険と判断したパリ市は20156月から1週間をかけて全てを撤去しました。それを知った世界の恋人達から「愛の証」をどうしてくれる、返して欲しい、等々クレームもあったと聞きますが、パリ市は保管した鍵の嵌ったグリルに少々手を加え、加工して「ストリート・アート」の一種として65点を競売に掛けました。小さなものは150€から200€で、橋から外したままの何百キロというグリルは何んと12000€で競り落とされました。何せ南京錠に

名前や愛の言葉を書き、開ける鍵そのものは川の流れに投げ込んでしまうので、南京錠はグリルから外すことが出来ず、房のようになったままですから重い訳です。こうして得た売り上げは25万ユーロにも上り、パリ市は難民援助の為に3つの慈善団体(l’ association caritative)へ配分しました。パリの街を歩いていますと今でも、どうしてこんな所に、と、思わぬ場所の、しかも僅かな金網や鉄柵に、「愛の鍵」が嵌っているのを見付け、何か微笑ましく感じます。

 

*「オート・フォト」展 ( Expo. « AUTOPHOTO » ) : 自動車も写真機も19世紀に登場して以来、様々な形で日々の生活と深い繋がりをもってきました。車は、時には権力の象徴であり、時にはスピードのシンボルとなり、レンズの対象としても重要な役割を果たしてきました。当展は20世紀初頭から今日に至る世界の有名・無名の写真家の、或いは作者不明の500点余りの作品を展示して、現代美術に於ける写真による車の欠かせない役割を振り返ろうと提案しています。ジャン・ヌーヴェル設計のガラスの建物そのものがコンテンポラリー・アートと云える“カルティエ財団”にて、924日迄開催、月曜日を除く毎日11002000、入場料12€です。

Fondation Cartier (261,Boulevard Raspail,75014 Paris)、メトロRaspail 下車

 

*“バカロレア”(大学入学資格試験)( LE BACCALAUREAT ) : 通称“バック”と呼ばれる国家試験で、大学や高等専門学校へ進学するための資格試験です。今年は70万人が受験の予定で、主に高校生ですが、年齢に制限は無く、最年少は13才、最年長は74才とのことです。昨年の合格率は79,6%の好成績でしたが、1960年は60%という厳しいものでした。この615日(木)に最初の試験、論文形式による「哲学」が一斉に行われれ、その後は文科系、理工系等により受験科目が異なりますが、75日に発表です。もし不合格でも、条件によっては

76日と7日に追試が受けられます。その後は一喜一憂の夏休みがやってきます。

 

*(ご注意)RER A 軌道工事による運行停止 (L’ INTERRUPTION DE LA CIRCULATION DU RER A DANS LE TRONCON CENTRAL ) : パリの地下を東西に横断する電車RER A線は、大規模な工事の為、夏休み中の729日(土)から827日(日)迄1ヶ月間 ラ・デファンス(La Défense)とナシオン(Nation)間の運行が全面的に停止されます。従ってシャルル・ドゴール・エトワール(Charles de Gaulle Etoile), オベール(Auber),シャトレ・レ・アール(Châtelet Les Halles),パリ・リヨン(Gare de Lyon)の各駅で同線をご利用の方はご注意下さい。代替バスはありません。当工事は安全上の理由から、摩滅した軌道を更新するもので、今年で3回目、恒例となりました。*(RER : Réseau Express Régional 首都圏高速鉄道)

 

*2017612Saint Guy 日の出05h47・日の入21h53、パリ朝夕18/日中30℃晴天、ニース19/27℃晴天、ストラスブール12/31℃晴天、「哲学で始まる試験若葉風」()「短夜は街角どこも音楽祭」()

フランス通信(139)          Paris,le 10 MAI 2017
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*天候不順 ( LES INTEMPERIES ) : 先信138号にて「4月に入って晴れの日が続き、“一斉に花開く”」とお伝えしましたが、花が開いたその直後、4月も半ばを過ぎてから朝夕氷点下の気温(le gel)になり、場所によっては、花が散って実を結ぼうとしている果物など芽や花、そして実が凍って駄目になってしまいました。特にワインの産地ブルゴーニュ地方一帯のブドウ栽培者や農家(le vigneron, le viticulteur)は、夜間に松明のようなかがり火(les chaufferettes)を畔に点々と焚いて、周囲の大気を暖め、株(le cep)が出来るだけ凍らない様に努めましたが、その努力もむなしく、中には全滅、今年のワインはゼロという厳しい予想で、同様にコニャック地方でも50%との予想が出ています。幼稚園のイチゴ狩りも、秋のリンゴ狩りも今年は取り止めとなり、楽しみにしていた子供達をがっかりさせています。51日はメーデー(Fête du Travail)、そして“鈴蘭祭り”(Fête du muguet)58日は“戦勝記念日”(Victoire 1945) 、どちらも月曜日でしたから連休となりましたが、折しも57日の日曜日は大統領選挙の決選投票日、賑やかさを超えた“大騒動”となり、既にご存知の通り、極右のマリーン・ルペンに大きく差をつけて、39才の若きエマニュエル・マクロン大統領が誕生しました。日本の有名な“ゴールデン・ウイーク”の天気は、そして皆様は如何お過ごしでしたか?

 

*「ロダン、100年記念展」(続)(« RODIN, L’exposition du centenaire » (suite)) :       

「女性をこよなく愛した男」(l’ homme qui aimait les femmes)と呼ばれるロダンは、まるで作り上げた彫像を確かめるかの様に女性の身体をまず手で撫で、囁くように名前を呼びながら身体の線を辿り、時には直ぐに土で形を作ったりしたのですが、こうしたやり方に抵抗したり、抗ったり、批難したりする女性は誰一人居なかったと云います。「ロダンを取り巻く99人の女性」(« Rodin et 99 femmes de son entourage » - Christina Buley, ed.du Relief)と題した書物もある程、「芸術は愛の一つの形」(L’ art n’ est qu’ une forme de l’ amoir)と唱え、ダンサーのイザベラ・ダンカン、貴族のクレール・クーデールやジュディット・クラデル、等、有名人との仲も知られています。しかし、ロダンが生涯心から愛した女性は2人、それは終生の伴侶であった従順なローズ・ブーレ、そして目のくらむような想いを抱いた弟子のカミーユ・クローデルでした。1917年ロダン77才、ローズ73才の時になって愛と涙の結婚式を挙げましたが、その2週間後にローズは肺炎で亡くなりました。その死の床でロダンは「彼女はまるで彫像のように美しい」と語りかけたと伝えられています。(Elle est belle comme une statue) 一方のカミーユは、ロダンが弟子として迎え入れたのですが、その魅力に圧倒され、芸術と愛情とが混沌とした状況となり、むしろ彼女の優れた才能をを知って、実は芸術上のライバルという意識が心の奥底に強くあったことは否定出来ません。当展は“ダンテの神曲”からインスピレーションを得たという“接吻”(le baiser(1888/89))、ギリシャ神話から「夫殺しで地獄に落とされ、底無しの樽に水を汲む刑を科せられ、絶望の表情の « la danaïde »(1885)等々、カミーユも大いに手伝った作品を含め200点以上の作品を集めて展示、既に好評です。 2017731日迄、Galeries nationales Grand Palais (3, Avenue du Général Eisenhower, 75008 Paris, メトロChamps Elysées Clémenceau) 火曜日と714日を除く毎日10時―20時、入場料13€ です。

 

*カミーユ・クローデル美術館開館 ( CAMILLE CLAUDEL A ENFIN SON MUSEE) :

ロダンのミューズであり右腕(muse et alter égo)であったカミーユ・クローデル(1864-1943)の美術館が偶然にもロダン没後百年記念展覧会がパリで開かれている時にオープンしました。場所はパリから約110q、19世紀の雰囲気そのままの様なシャンパーニュ地方のノジャン・シュル・セーヌ(Nogent-sur-Seine)で、クローデル一家が数年間住んだ町。小さい頃から姉弟をモデルに粘土で小さな像を作ったりしていたのを、彫刻家のアルフレッド・ブシェが知って指導、彼女が19歳の時にロダンに紹介したのでした。ロダンの弟子として制作を手伝ううちに愛が生まれましたが、彼女の優れた才能を知った師のロダンはライバル意識を強く感じて、彼女自身の作品は決して外部に出すことはありませんでした。当美術館はその彼女の心境を表した作品「うずくまる女性」(Femme accroupie(1884/85))、「見捨てられた孤独」(l’ abandon(1886/1905))、恍惚としてワルツを踊る男女「踊る人」(Valseurs(1889)1895))、等々40点余りを展示しています。

皆様の中には「カミーユ・クローデル」について1988年イザベル・アジャーニが、2013年にジュリエット・ビノシュが演じた映画をご覧になった方もあると思いますが、この5月末封切りの映画「ロダン」の中でもイジア・イジェランが演じています。因みに、戯曲「繻子の靴」(le soulier de satin)等を著した文人で、1921年から1927年迄駐日フランス大使を務めたポール・クローデル(1868-1955)は、カミーユ・クローデルの実弟です。www.museecamilleclaudel.fr

 

*「アリシア・コプロウィツ・コレクション“ズルバランからロスコ―”」展 ( Expo.Collection ALICIA KOPLOWITZ « DE ZURBARAN A ROTHKO ») : スペイン生まれの女性実業家で美術品のコレクターとしても知られるアリシア・コプロウィツ(1954)のコレクションの一部を“スペインの画家フランシスコ・デ・ズルバラン(1598-1664)からロシア生まれのアメリカ人画家マーク・ロスコ―(1903-1970) ”と題して、ゴヤ、ティエポロ、ゴ―ギャン、ヴァン・ゴッホ、ピカソ、モジリアーニ、ジャコメティ、ルイーズ・ブルジョワ(*)等々、美術史に名を連ねる大家達の作品52点を展示して公開する初の展覧会です。2017710日迄、Musée Jacquemart André(158,Boulevard Haussmann,75008 Paris, メトロSt.Philippe du Roule)

毎日10時―18時、入場料13,50 です。尚、ジャクマール・アンドレ美術館はかつて銀行家の住居であった19世紀の代表的な貴族の館で、吹き抜けの室内庭園や音楽の間、天井画のあるルイ15世様式の大小のサロン、そこに飾られているコレクションの家具調度、タピスリー、彫刻、絵画、等々を見るだけでも訪れる価値があると思います。 

*ルイーズ・ブルジョワ19112010)パリ生まれ、アメリカ国籍の現代大彫刻家の1人。娘時代に父親と女中の仲を知り、母親への同情から、ブロンズで制作した“Maman”と題した作品の“巨大蜘蛛”(l’ araignée géante)は有名。存命中の2008年、96才の時にパリのポンピドー・センターで開催された展覧会は、125 000の入場者を数え、現存アーチストの展覧会としては例外的な記録を樹立しました。

*バゲット・グランプリ( LE GRAND PRIX DE LA BAGUETTE ) : 今年は選抜された187軒のパン屋さんが参加して競い、50才になるサミ・ブアトールさんがグランプリを獲得しました。

店は“Boulangerie Brun”、場所は 193,rue de Tolbiac,75013 Parisです。是非お試し下さい。

 

*2017510日 Sainte Solange 日の出0615・日の入2119、パリ朝夕6/日中21

晴天、ニース13/19℃曇天、ストラスブール2/20℃晴天 カビとても無ければならぬものもあり()
フランス通信(138)           Paris, le 14AVR.2017
138

*春の花々 ( LES FLEURS DU PRINTEMPS ) 先信137号で3月になっても連翹の花の姿が無い、と書きましたが、3月中旬を過ぎた頃から日中の気温が次第に上がり、330日は25℃、と初夏の気配、4月に入って晴れの天気が続いて、連翹(le forsythia)は勿論、山吹(la kerrie)、タンポポ(le pissenlit)、黄水仙(la jonquille)が咲き、326日の日曜日からは夏時間となって、いよいよ春も盛りと感じました。更に梅(la prune)、杏(l’abricot)、梨(la poire)桜ン坊 (la cerise)が実る桜など白い花が咲いたと思えば、木蓮(le magnolia)やリラ(le lilas) そして藤(la glycine)の花が紫色に咲き、遂には八重桜や花蘇芳(la gainier de Chine)までが濃いピンク色に咲いて、正に「一斉に花開く」有様に、そんな一度に咲くのではなく、順々に咲いて長い間楽しませてくれればよいのに、と思いながらも忙しい嬉しさを感じています。恒例の「お花見」ですが、416日“復活祭”(les Pâques)の日曜日に日本人会の「マロニエの会」が、翌17日“復活祭の月曜日”(le Lundi de Pâques)に早慶上智に東大、一ツ橋、関学などの同窓会合同で、名所となったソー公園で開催が予定されているのですが、花という花が咲いてしまって気に掛かり、八重桜が華やかで美しい北の園へ42日に出掛けてみました。しかし、まだまだ蕾が硬く、安心して幹事の皆さんに報告したのでしたが、その後の好天続きに又心配になり、49日に再び“偵察”に出掛けましたら、満開も満開、学校が復活祭の休みに入ったこともあって、沢山の人達が花見を楽しんでいました。さあ、私達が「お花見」に予定した次の日曜日、そして月曜日、桜花はどうなっているでしょうか。花吹雪に打たれての花見も風情があるかな、と思ったりしていますが、、、、。街は復活祭を前にパンやお菓子の店のウインドーがニワトリや卵、兎やリスなどで可愛らしく飾られ、八百屋の店先には早くも大きく太い白アスパラガス(l’ asperge blanche)やグリーン・アスパラ(l’ asperge verte)が並べられています。

 

*春の小鳥達 ( LES PETITS OISEAUX DU PRINTEMPS ) : 4月ともなれば、さすがに明るく暖かく、それを敏感に感じ取った小鳥達のさえずりが賑やかになってきました。メルル(le merle 黒ツグミ)は、天気さえ良ければ、東の空が少しずつ明ける4時頃から鳴き始め、夕方太陽が沈む頃迄高い所に止まり、胸を張って声高く歌っています。冬の間は枝ばかりの向い側のポプラの木(le peuplier)に不器用に巣を掛けていたカササギ(la pie)のカップルも、時折ちょっかいをかけるカラスに坑いながらもヒナを孵し、若葉が繁って見えなくなった巣で子育ての最中なのでしょう、ガチャガチャと特徴ある声が聞こえます。そう、此の頃はスズメ(le moineau)の姿を見かけませんが、あんなに沢山居たのにどうしたのでしょう。その代りではないのでしょうが、赤い嘴、グリーンの羽毛で尾が長く、インコ(la perruche)の一種か、小さな鳩くらいの鳥が、チャーチャーと鋭く鳴きながら群れを為して飛び交っています。これは一説によると、今から40年程前、オルリー空港の貨物上屋から籠を破って逃げ出し、ソー公園の森に棲んで増えたとのことですが、、、頷けます。我がアパートのバルコンには胡桃を割って置いておくと、四十雀や冠のある四十雀(la mésange, la mésange huppée)、パンソン(le pinson)、辞書を引くと“アトリ”とありますが、ツイーッ、ツイ―ッ、、、と鳴く姿のよい小鳥達がやって来ます。こうした小鳥達は寒い冬の間は一体何処に隠れていたのでしょう。じーっと寒さに耐えて春を待っていたに違いありません。キジ鳩(la tourterelle)でしょうか、やや小型のベージュ色の体で首に白い輪のある鳩が、必ず番いで仲良くやってきてはポッポ―、ポッポ―、、、と鳴いていきます。嬉しい春の賑わいです。ところが最近23度、ハヤブサ(le faucon)がやって来ました。バサバサと大きく羽ばたく音を聞いてそちらを見ましたら、子供の絵本に見るのと全く同じハヤブサの姿がありました。小鳥達を狙ってきたのでしょう。まさかと思いましたが,パリ地区の鳥類学センター(CORIF :Centre ornithologique d’ Ile-de-France)によれば、ノートルダム大聖堂や凱旋門、ブローニュの森などに生息していたものが次第に広がり、現在では50組程の番いを観測しているそうです。(On compte à ce jour une cinquantaine de couples)

 

*「ロダン、100年記念展」( « RODIN, L ‘exposition du centenaire » ) : ロダンの没後100年を記念して「接吻」(le baiser(1888/89))など代表作200点余りを展示して「ロダン展」がグラン・パレで開かれています。Galeries nationales Grand Palais, 3, Avenue du Général Eisenhower, Paris 8e   2017731日迄、火曜日、51日、714日を除く毎日10002000、入場料13€、メトロChamps-Elysées Clémenceau −慎ましい家庭に生まれたオーギュスト・ロダン(Auguste Rodin(1840-1917))は若い頃から物の形に魅かれ、彫刻に憧れましたが、モデル料を払える身分ではありませんでした。一方読み書きもままならない貧農の娘ローズ(Rose Beuret)はパリに出て、帽子用の花飾りを作ったり、モデルをしながら稼いでいるうちに1864年にロダンと出会い、一男をもうけ、従順な猫の様にロダンに寄り添い、紙代までも支払って生活を共にしようと努めました。無一文のロダンは彫刻家カリエ・ベル―ズ(Carrier Belleuse)に連れられてベルギーへ行き、そこで若い兵士をモデルに制作した等身大の「頑強な年齢」(l’âge d’airain)と題した作品が1877年パリで展示され、あまりにも正確な出来上がりに、死体で型を取ったのではないか、と批難された程でしたが、多くの支持を得られるようになり、国家がそれを買い上げたばかりか 、装飾美術館の扉(後にダンテの神曲(La divine comédie)をイメージして制作した「地獄門」(la porte de l’enfer))の注文を受けました。生活では次第にローズをおざなりにして家を留守にすることが多くなり、188343才の時、19才になるカミーユ・クローデル(Camille Claudel)を弟子に迎え入れましたが、その魅力に圧倒され、芸術と愛が混沌とした状況になりました。カミーユは「カレーの市民」(Bourgeois de Calais)等多くの制作を手伝いましたが、自分の作品はロダンの陰に隠れて表に出ることはありませんでした。カミーユの存在にローズは歯を食いしばって耐え、しかしロダンは決してローズと別れようとはしなかったので、カミーユの方が精神的におかしくなってしまいました。ロダンが愛した女性はこの2人だけでなく「肉体の線が自分に生き生きと活力を与える」として、彼の手帳にはプロのモデルや貴婦人など沢山の女性の名前と肉体的な特徴が記されていたといいます。1895年ムードンに館を買い入れ、1917129日ロダン77才、ローズ73才で正式に結婚しましたが、ローズはその2週間後に肺炎で亡くなり、同じ年の1117日ロダンも衰弱してこの世を去りました。今2人はムードンの墓地で永久に離れることなく眠っています。

 

2017414Saint Maxime 日の出0701・日の入2041 パリ朝夕10/日中17℃晴天、

ニース13/18℃晴天、ストラスブール7/16℃晴天、 「マロニエの芽膨らみて風光る」(安芸寛)

 

フランス通信(137)           Paris,le 11MAR.2017
137

*連翹 ( LE FORSYTHIA )「春は黄色の花で始まる」と云いますが、南仏からはミモザの花便り、パリとその近郊では連翹が咲いて春が近いことを知るのが常です。ところが、早ければ1月末にも咲くはずの連翹の花が、今年は2月になっても咲かず、3月になりましたが、アパートや電車の窓から周囲を見渡しても、景色の中にその黄色は無く、住宅街を歩いてみても、庭先や垣根から覗いている連翹の花の姿がありません。そういえば、昨年の暮れから1月中旬頃まで、毎日氷点下の天気が続いて、木々が樹氷を付けて白く凍っていましたから、その頃に出る芽や蕾が凍って駄目になってしまったのかも知れない、と少々淋しい気がしていました。ところが一昨日のこと、まだ寒さが残る広いモンスリー公園を歩いて春を探してみましたら、塀に沿った植込みの隅の方に連翹が二、三本、力なく咲いているのを見つけ、それでも何かホッとした気持ちになりました。土手にはプリマベーラも咲き、黄水仙も咲いて、愈々春がやって来たようです。

 

*「一輪の黄水仙をキューリーに」( « UNE JONQUILLE POUR CURIE » ) : 春の訪れを告げる黄水仙、“癌の治療、研究、そして希望に花を咲かせよう”(« faire fleurir l’espoir contre le cancer »)という運動が、キューリー研究所(l’Institut Curie)を中心に毎年行われています。今年も314日から18日迄、パンテオン広場(Place du Panthéon)に花壇を設けて“心の黄水仙”(des jonquilles du coeur)を売るなど、その他ラ・デファンスや全国各地のショッピング・センターでも色々とアニメーションを開催して、募金運動が展開されます。

*ポンピドー・センターは40 ( LE CENTRE POMPIDOU A 40 ANS ) : 1977131日に開館したポンピドー・センターは、建築家レンゾ・ピアノ(Renzo Piano)とリチャード・ロジャース(Richard Rogers)の設計による建物の奇抜なスタイルから、当初は“メタルとパイプの化け物”等と不評でしたが、今では国立現代美術館として、美術コレクションではニューヨークのモダン・アート美術館(MoMa(Museum of Modern Art)de New York)に次ぐ堂々世界第2の規模となりました。過去40年間には大小325の展覧会を開催しましたが、美術館だけでなく、図書館、映画館、劇場や子供センターもあり、建物の外側に設けられた“毛虫”(la chenille)と呼ばれるエスカレーターに乗れば、パリの全景を見渡すことが出来ます。ポンピドー・センターのアネックスとして、パリから340q、フランス北東部の町メッス(Metz)には日本人建築家の坂(バン)茂氏設計の新しい感覚のポンピドー・センターが、スペインのマラガにはビュラン設計の“キューブ”と呼ばれる建物のセンターが既に存在し、上海にも設立が予定されています。

 

*サイ・トゥオンブリ―展 ( Expo. CY TWONBLY ) : 現在ポンピドー・センターでは、アメリカ生まれでイタリア在住のアーチスト、サイ・トゥオンブリ―(1928-2011)の絵画、デッサン、彫刻など140点を展示して大回顧展を開催しています。文芸に造詣が深く、高い教養が伺われる洗滌された作品の数々は鑑賞に値することでしょう。まだ存命であった20043月にも“サイ・トゥオンブリ―50年のデッサン展”(« Cinquante année de dessins »)が同センターで開催され、1953年から2003年迄50年間の作品の中から80点余りを展示して好評を得ています。

Centre Georges Pompidou, Place Georges Pompidou,Paris 4区、メトロRambuteau, Hotel de Ville下車、 424日迄、火曜日を除く毎日11時−21時、入場料14€、です。

 

*カミーユ・ピサロ“最初の印象派画家”展( Expo.CAMILLE PISSARRO « LE PREMIER DES IMPRESSIONNISTES » ) : 明るい光のもと、大気に鮮明な、或いはボンヤリと霞んだような、

色も自然な懐かしいような美しい景色、人物、、、、正に印象派を代表する画家の1人と云えましょう。ピサロは自分が絵描きとして制作するだけでなく、セザンヌやゴーギャンなどを教え、又シニャックやスーラはピサロが居なかったら今日に知られる画家として育たなかったであろうと云われています。更に今も残る2500通余りの書簡を通して、文学にも長けていたことが解ります。今回は印象派画家クロード・モネの美術館で知られるマルモッタン美術館で、アメリカや日本、チェコなど世界各国のコレクターから集めた、あまり知られていない作品ばかり60点を展示しています。72日迄、Musée Marmottan, 2,rue Louis Boilly, Paris 16e, メトロ La Muette下車、月曜日を除く毎日10時―18時、木曜日は21時迄、入場料11€ です。

 

*鳥インフルエンザ ( LA GRIPPE AVIAIRE ) : 毎年の話題になりましたが、昨年から今年にかけて、H5N8型ビールスによる鳥インフルエンザが猛威をふるい、特に屋外に放し飼いにする鴨や鵞鳥が罹災、伝染を防ぐ為に、政府命令で既に凡そ230万羽が処分されました。特に名物のフォアグラの産地であるランド地方の被害が大きく、鴨の骨まで焼いて食べる習慣があり、心臓病が殆んど無いと云われる地方だけに、その損害は想像を絶するものがあります。その為225日から35日までパリで開かれたフランス第一の大規模な“国際農業展示会”(Salon Int’l de l’agriculture)には伝染を防ぐ為に家禽類は一切出展がありませんでした。

*ヨット・レース「ヴァンデェ・グローブ」(« LE VANDEE GLOBE ») :(小信132136号参照

4年に1度の単独・無寄港の大ヨット・レース第8回は、昨年の116日ヴァンデェ地方サーブル・ドロンヌ港から29人が参加、80日間世界一周を目指してスタート、悪天候、故障、孤独等の悪条件に多数のレース放棄も出ましたが、今年1191647分、ブルターニュ地方の海の男アルメル・クレアッシュ(39才)が743時間35分の新記録を樹立、サーブル・ドロンヌ港にゴールして優勝しました。その時に「おめでとう。大いに遅れてゴールは2月末になるので、今夜の祝いの宴には残念ながら欠席」と祝電を打ってきた最終走者セバスチャン・デトロモーは32日に「あと8日でゴールの予定。食料が不足して、11食に減らし、魚釣りもして凌いでいる」との連絡をよこしましたが、出発後124日目の31018001着から50日の遅れで無事にゴール、これで29人中11人が完走してレースが終了しました。

 

*パリ・リヨン駅318日、19日の2日間閉鎖 ( LA GARE DE LYON FERMERA 2 JOURS ) :

フランス国鉄(SNCF)では、318日と19日の2日間に亘り、1933年以来使用の旧式転轍機の全てを交換し、新たにする為、思い切って大きなパリ・リヨン駅を閉鎖します。郊外から通勤の方、TGVをご利用の方は代替駅が何所になるのか、十分な情報を得るなり、ご注意下さい。

 

*夏時間 ( L’ HEURE D’ ETE ) : 326日(日)午前2時から夏時間となります。325日(土)お寝み前に時計を1時間進めて下さい。(例:22時を23時に)日本との時差は7時間となりますから午前8時は日本では同日午後3時になります。1029日(日)の冬時間迄続きます。

*2017311Sainte Rosine : 日の出07h12・日の入18h49 パリ朝夕5/日中15℃曇天、

ストラスブール-1/12℃晴天、ニース11/16℃晴天、「地平線春の兆しか陽炎が」(寛) 皆様お元気で

 

フランス通信(136)           Paris,le 07 JAN. 2017
136

*インフルエンザの流行 ( L’ EPIDEMIE DE GRIPPE ) : 正月以来続く厳しい寒さに、悪性のヴィールス(le virus virulent)による風邪が大流行、掛かりつけの開業医の所へ行けば、診察待ちの人で待合室は溢れ、或いは医師自身も流感に倒れ、何時でも何でも受けつけてくれる市立や国立の大きな病院の救急課も廊下まで、具合の悪そうな人、人、人、、急がない手術を後回しにして診察・治療にあたる医師や看護婦達、、、入院が決まってもベッドが足りなく、、、しばらくの間はこんな状況が続きました。フランス保健局(Agence Santé publique France)によれば、今回の流感の99%はH3N2というヴィールスによるのだそうですが、65才以上の人には無料のワクチンも、ヴィールスの形が違うのでしょうか効果がなかったとか、特にお年寄りや子供等は肺炎になって死に至るケースも少なくありません。或る新聞は見出しにインフルエンザを「大量殺人」(une hécatombe)と大書きした程、2015年には流感がもとで亡くなった人が18 300人を数え、今回も昨年12月から今年1月迄の間に既に8100人が亡くなっているとのことです。マスクをする人などはめったになく、電車・バスの車内で、口に手もあてずにゴホン、ゴホン、、、家に帰ったら必ずよく手を洗い、うがいして、暖かく過ごすなど、大いなる注意が必要です。

*人口統計 ( LE BILAN DEMOGRAPHIQUE ) : 毎年11日付でINSEE国立統計経済研究所(Institut national de la statistique et des études économiques)が発表する人口調査結果によりますと、2016年度のフランスの総人口は6699万人で、前年度2015年より265千人の増加(+0,4%)、その中約18%の12143千人がパリ市とパリ郊外地区(Ile-de-France)に住んでいるそうです。出生は全国で785千人で2015年に比べて14千人減、死亡は587千人で7千人減、市役所に届け出のあった結婚は239千組、同性婚(le mariage entre individus de même sexe)7千組、平均寿命は女性が85,4歳、男性は79,3歳、それぞれ0,4歳と0,3歳の伸びだそうです。

*ヨットレース「ヴァンデェ・グローブ」 ( « LE VANDEE GLOBE » ) : (小信132号参照)

4年に1度の単独・無寄港の大ヨットレース、第8回は昨年116日にヴァンデェ地方のサーブル・ドロンヌ港から29人が80日間世界一周を目指してスタートしました。途中の悪天候、高波、故障、修理、孤独、等の悪条件から多数のレース放棄も出ましたが、その難関を突破して、1191637分、フランスのブルターニュ地方の海の男アルメル・ル・クレアッシュ(Armel Le Cléac’h)(39)743時間3546秒でサーブル・ドロンヌに帰港してゴール、2013年に優勝したフランソワ・ガバール(François Gabart)が持つ782時間1646秒の記録を破って優勝しました。翌20日の835分には、英国ウエールズのアレックス・トムソン(Alex Thomson)(42)7419時間35分でゴールして2位、続いて23日にはジェレミー・ベユーが786時間38分で3位に入りました。アルメルの優勝を知ったシンガリに控える仲間のセバスチャン・デトロモー(Sébastien Destremau, lanterne rouge du Vandée Globe)は、「おめでとう。226日頃到着予定につき、今夕の優勝祝いの宴には間に合わなくて残念。」と祝電を送って来たそうです。24日には更に3艘が次々にゴール、一体何人が完走するのでしょうか。日本人として初めて参加した白石康次郎さんは惜しくも途中で棄権したようです。

*忘れられたダヴィンチの1枚のデッサン ( UN DESSIN DE VINCI OUBLIE ) : 寒さの厳しい1月のある日、父親が遺したコレクションの中から14枚のデッサンを携えた年輩の紳士が、鑑定士、公売人として知られるT氏の事務所を訪れて、鑑定を依頼しました。その中の1枚“サン・セバスチャン”(Saint Sébastien)と題したデッサンが左手で描かれたものと判り、裏側には左手で逆に書かれた文章が現れました。これは正にレオナルド・ダヴィンチ(Léonard de Vinci(1452-1519))の特徴で、果たしてそれが本物か、鏡を立てて読んでみたり、科学的にも慎重に調べたところ、1480年頃に描かれた本物との結論に至り、1500万€と査定されました。しかし競売にはかけられず、現在ルーヴル美術館が引き取るべく、決定待ちとのことです。

*ドゴール空港美術館 ( L’ ESPACE MUSEES DE ROISSY ) : パリ・ドゴール空港にある美術館をご存知ですか。2013年に作られた200uの小さな美術館ですが、現在はピカソが南仏で制作した作品、セラミックの水差し(1951)を始め、絵画では“横たわる裸婦とギターを弾く男”(Nu couché et homme jouant de la guitare)(1970)、マネの有名な“草の上の昼食”を真似た“マネによる草の上の昼食”(Le Déjeuner sur l’herbe d’après Manet)(1961)など35点を展示しています。場所はターミナル2E、出国手続きを済ませ、搭乗待合室・搭乗口のあるホールのM、高級品のブティックが並んでいる所です。615日迄開催、入場無料ですから、日本への飛行機の搭乗が始まる迄の待ち時間に訪れてみては如何でしょうか。

*「近代美術のイコン」“シュチューキン・コレクション”展・会期延長 ( L’ EXPOSITION CHTCHOUKINE PROLONGEE ) : 小信134号にてもご紹介した当展は、初めて見る、めったに見ない、珍しい、しかも解り易いモネやピサロ、マチス、ゴーギャン、ゴッホなど親しみある画家たちの130点もの作品を展示して、大変に好評を得ていますので、220日迄であった会期が35日迄延長になりました。Fondation Louis Vuitton (8, Avenue du Mahatma Gandhi, Bois de Boulogne, Paris 16e)メトロLes Sablons下車、開館時間も変更されています:火曜日を除く毎日11時―20時、金曜日は23時迄、土曜・日曜は09時‐21時、各地の学校“2月の休み”中は火曜日を除く毎日09時‐21時、金曜日は23時迄、入場料16€、18才未満は5€です。

*冬のソルド ( LES SOLDES D’ HIVER ) : 恒例の“冬物一掃大売り出し”が始まっています。街でご覧の通り、ショーウインドーには“−30%”“−50%”中には“−70%”等と大書きしたビラが貼られ、外の寒さも忘れる様な熱い雰囲気が221日迄続きます。人気商品はまず衣類、電気製品、そして化粧品、家具、、、だそうです。NET販売でも“ソルド”が存在しますが、店頭での様に商品を手に取ってみることが出来ず、商品の“良し悪し”が判らないのが欠点です。中には始めからソルド用に作られた安価な商品もあるようですから、注意が肝心です。

今迄「日曜日は休日、休むべき、、、、」等と騒いでいた労働組合も遂に目覚めたのか、長い間の論争も何処へやら、日曜日も商売、商売、と、デパートが“日曜営業”を始めました。日本の様に“日曜日は家族揃ってデパート”となるのかどうか、観光客には朗報です。

*201723Saint Blaise 日の出0817・日の入1751、天気:パリ朝晩8/日中12℃曇天、ニース10/15℃曇天、ストラスブール5/9℃晴天、、、、、南仏からはミモザの花便り、今年も黄色い花で春が始まりました。「霧の朝鶯の声春近く」「雪解けにゴム長汚れ泣く子供」(安芸寛)皆様どうぞお元気で。
フランス通信(135)<謹賀新年>         Paris,le 07 JAN. 2017
135

*新年 ( LE NOUVEL AN ) : 皆様、明けましておめでとうございます。本年もどうぞよろしくお願い致します。私が住むパリの郊外は、気温もパリより23度低く、大晦日に突然の寒波襲来、朝夕は零下7℃位まで下がり、雪も降らないのに木々は白く凍って、日中でも零下3℃の厳しい年明けとなりました。パリの街はご存知の通りの警戒態勢が布かれる中、大晦日の宴の後は、どの店も閉まり、LED電飾ばかりが華々しく眩しい、何か淋しい通りに、大晦日の晩から元日の昼まで終夜運転で無料サービスのメトロやバスに、正月だから何かあるのではないかと期待して繰り出した観光客も手持無沙汰で、偶に開いているカフェばかりが賑わっている、そんな正月の情景が見られました。(参考:201711日 日の出0843・日の入1704 パリ市内 朝夕‐4℃・日中‐1℃、パリ郊外 ‐7℃・‐3℃ 曇天、南仏ニース 朝夕7℃・日中15℃ 晴天)

*賀状 ( LA CARTE DE VOEUX ) : 今年も沢山の友人・知人から賀状が郵送され、嬉しく受け取りました。和紙で絵図も素敵なカード、微笑ましい家族の写真入りのカード、懐かしいお年玉付き葉書、そして写真や絵を器用にアレンジしたメールによる賀状、、、、、、有難うございます。しかし中には賀詞も名前・住所も全てが印刷されて、読解不可能な署名のみ手書きのもの、「お元気ですか」の言葉も無く、形式ばかりで無意味な、嬉しくもない賀状も相変わらずです。お送り下さった方には申し訳ありませんが、一言の近況でも記して頂きたかった、と残念に思います。

*今年の祝祭日( LES JOURS FERIES EN 2017 ) : 1年に11日あるフランスの祝祭日の中、旧年中はクリスマスの1225日の様に日曜日と重なる日が3日もあり、日本の様な振替休日の制度が無いものですから「パリっ子の嘆き」(la voix plaintive des Parisiens)が聞かれました。

今年は1月元日(Jour de l’An)が日曜日でしたが、417日“復活祭の月曜日”(Lundi de Pâques),51日“メーデー”(Fête du Travail)は月曜日、58日“戦勝記念日”(Victoire1945)も月曜日、525日“昇天祭”(Ascension)は木曜日、65日“聖霊降臨祭の月曜日”(Lundi de Pentecôte) 714日“革命記念日”(le Quatorze Juillet, Fête Nationale)は金曜日、815日“聖母被昇天祭”(Assomption)が火曜日、111日“諸聖人の祝日”(Toussaint)は水曜日、1111日“休戦記念日”(Armistice 1918)は土曜日、そして“クリスマス”1225日は月曜日。因みに2018年の元日も月曜日に当たり、“連休も望める明るい年”と云われています。

この3日から学期が始まった学校の今年の休みについては、地域により多少異なりますが、パリ・ヴェルサイユ地区については、25日から219日迄が“2月の休み”(Vacances de Février)42日から417日迄は“復活祭の休み”(Vacances de Pâques)、“夏休み”(Vacances d’éré)は全国一斉に79日から93日迄、1022日から115日迄“諸聖人の祝日の休み”(Vacances de Toussaint)、そして1224日から2週間は“クリスマスの休み、冬休み” (Vacances de Noël,vacances d’hiver)となっています。

*元日生まれの赤ちゃん( LES NOUVEAU-NES DU JOUR DE L’AN ) : 新年を迎えるなり生まれる赤ちゃんが毎年話題になりますが、今年はパリ郊外の病院で040秒に生まれた女の子でクロエ(Chloé)と名付けられ、祝福されました。しかし一方ではこんな話題もありました。それは、間もなく新年という大晦日の2350分に生まれた男の赤ちゃんに産科の医師が「僅かの差ですから、出生記録は目出度いので11日としましょうか、、、?」しかしお父さんのジャン(Jean)さんは「いえ、1231日と記入してください。これからの息子の人生を嘘から始めさせたくないので、、、。」と硬く断ったそうです。新年に初感動を覚えたお話です。

*ツール・ド・フランス( LA TOUR DE FRANCE ) : もう100年以上も前、1903年に始まった自転車の大ロード・レース、世界の選手たちを集めて今年はその第104回、71日にドイツのデュッセルドルフをスタートします。ベルギーとルクセンブルグを経由して74日にフランス入り、ミネラル・ウオーターのヴィッテル、ワインのニュイ・サン・ジョルジュ、スイス国境近くのシャンベリィ、ボルドー・ワインのベルジュラック、聖地ルルドに近いポーからピレネー山脈に入り、714日の独立記念日にはサン・ジロンからフォアへ峠越え、エアバスのブラニャックを抜けてからはロデスを経由してアルプス山脈へ向かい、セール・シュヴァリエ、ブリアンソン、と山越えをしてから、ノストラ・ダムスのサロン・ド・プロヴァンスへ、そして722日、地中海へ出てマルセイユへ、、、、此処では2024年のオリンピック誘致をアピールする為に旧港や山上のノートル・ダム大聖堂等、変化に富んだ市内23qを巡ります。その後飛行機で一気にパリ近郊のモンジュロンへ飛び、翌723日愈々パリへ、全行程3516qを争います。パリに入るとルーヴル宮から凱旋門のシャンゼリゼ大通りを上り下り8周してゴールしますが、今回は2024年のオリンピック大会のパリ誘致の為のアクションとして、シャンゼリゼへ入る前にエッフェル塔と同い年のガラスと鉄の殿堂グラン・パレの中をまず通過するという極めて稀な企画が為されています。913日にリマで開かれるIOC(国際オリンピック委員会(CIO :Comité International Olympique))の会議で“パリ2024”の決定が得られるかどうかが関心の的です。尚、このレースのTV中継では、各地沿道の景色、名所旧跡を映してくれますので、これも楽しみです 。自転車の話ですが、パリ郊外のサン・カンタンにある自転車競技場(le vélodrome)で、この14日、大勢の観衆を前に、105才になるロベール・マルシャン(Robert Marchand)さんが、1時間に22,5kmを走って高齢者としての新記録を立てて祝福を受け、新年の話題となりました。因みに普通の世界記録は英国のブラッドレー・ウイギンスが立てた1時間に54,5kmです。

*違反と罰金(LES FRAUDES ET LES AMENDES) : フランス国鉄(SNCF)とパリ交通営団(RATP)は、パリ地区だけでも年間3億ユーロの赤字の原因の一つである利用者の違法行為の取締り強化に乗り出し、不正乗車などに対する罰金額を改めました。それによりますと、無賃乗車・50€、車内・駅内での喫煙・68€、他人の乗車券使用(定期券など)・70€、車内、駅内での吐痰、吐唾、放尿・60€、忘れ物は危険物放置と見做し・60€、自転車、スケート・ボード、ローラー・スケート等の使用・60€、終点になっても眠って起きず、車内に留まった場合・60€、等々です。又、取り締まりを受けた現場で即刻罰金が払えない場合は、更に書類作成料50€が追加されます。「もしもしお客さん、車庫ですよォ 。」「え、なにィ、シャコだってェ?それならシャコでもう一杯!、、、」は通じなくなりますのでくれぐれもご注意ください。しかし、こうした違反行為の取り締まりの現場は、検札以外は見たことがありません。誰が取り締まるのでしょうか、、、。

*201717St.Raymond  日の出0842・日の入1711、パリ朝夕‐3/日中1

晴天、ニース3/10℃晴天、SXB8/3℃曇天 「冷たさに身も引き締る寒の水」(安芸寛)

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